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11月10日、署名活動をおこないました。 252名の方々から貴重な署名をいただきました。 3万人署名の大台に一歩一歩近づいています!!!
November 11, 2004 | Permalink
昨日菊池先生の「杜の都」再考を聞き、感動しました。 昭和48年「仙台市杜の都の環境をつくる条例」を全国にさきがけてつくり環境を守るために行政が積極的に取り組んできた事実があったことを知りました。 先生が格調高い条例の文章であると言っていましたが、その通りです。 私が気に入った部分を抜粋します。
緑は、人間にとって心のふるさとであり、生命の源である。 緑にみちた「明るく、住みよく、美しい」都市環境は、郷土を愛する市民すべての切なる願いであり、その未来への継承こそわれわれに課せられた大いなる責務である。
また、駐車場建設をしようとした市民がケヤキが邪魔なため市会議員をたててケヤキ撤去を要請してきたが、 当時の担当課長さんが、頑としてその要請を受けなかったこと。 そして当時の島野市長からも「なんとかならんのか」との質問にたいしても拒否をしたとのこと。 1本を切れば、次々と切られてしまう。自分の首をかけてもケヤキを守り抜こうとした、骨のある生き様に、ただただ感動し、ポロリ涙です。 今までの行政担当者が守り抜こうとしたケヤキが地下鉄東西線建設のため伐採されようとしています。多くの仙台市民が市の街路樹行政に賛美をおくり支えてきた結果、これほどまでの美しい景観となっているのです。 市民の声を無視してケヤキを伐採すれば、未来永劫藤井市長は「ケヤキ伐採市長」として語り継がれていくでしょう。
先人が守り抜いたケヤキを継承していくため、自分のできること「署名活動」を続けていこうと思います。とても刺激を受けた講演でした。
Posted by: 小野・K | November 14, 2004 at 01:40 PM
今日カリフォルニア州バイセリア在住の増山ご夫妻が「ケヤキ伐採反対」の署名200人分を持って来仙しました。カリフォルニア州宮城県人会やアメリカ在住の日本人に声をかけ集めたものです。今までの分を合わせるとかなりの数になります。 今年7月羅府新報(アメリカ全土で読まれている日英語新聞)に「仙台のケヤキ77本が伐採の危機に直面しているため伐採反対の署名活動が始まった記事が掲載されました。その中心となって活動しているご夫妻です。海外からも仙台のケヤキ伐採のニュースは「ありえない話」として伝わっています。海外のメディアが報じているのに河北新報はしっかり押し黙って情報の一部しか市民に伝えていません。1989年地下駐輪場建設でケヤキ9本撤去の計画に反対運動がおこった時、河北新報は「杜よ、かがやけ!」を連載しました。 今77本ものケヤキ伐採に対し最小限の情報しか市民に提供しないのは何とも理解し難い報道姿勢と思います。
Posted by: 小野・K | November 15, 2004 at 11:35 PM
百年の杜フォーラムⅠ会場は、ほぼ満席。 ということは、200人近い人がいたそこで、泉田さんは真っ先に質問の手を上げました。ふつうに、でも堂々と発言し涌井史郎氏に質問しました。
泉田さん「緑の効用についてきちんとした研究が始まったことは喜ばしい。青葉通りのケヤキ77本が切られようとしている。ヒートアイランドへの効用も評価されているのに、緑の景観・効用を失うのは悲しい。青葉通りは仙台の顔なのに、駅前のケヤキは仙石線地下化工事や駐輪場工事によって昔の姿はない。市議の献木がなくなる。大木を切ることを先生はどう考えるか。」
涌井氏「77本切り倒すというならとんでもないこと。わたしは、移植・植え替えすると聞いている。都市の緑と自然地の緑は違う。変形・サラバチ(すり鉢?)の現況あるのか? できるだけ自然樹形で移植が望ましい。人工の緑は更新性が大切。もしそれが技術的にされるならOK。検証を考えるべきだ。」
佐々木副市長「20年前の東2番町駐輪場地下化の時、加藤睦夫先生が言っておられたように自然林と人の手を加えたものは別物で、街路樹は手をかけないといけないし、1本1本のことを考えることはない。移動はするが都市の景観として一体性があればいい。どうしても必要なものを通すため。ケヤキは800年生きる一番強い木だが、地下水減、コンクリート、排気ガスなどで30年、50年、100年でもうアップアップしている。大きな賭け、リニューアル・再生するので、切りっぱなしではない。」
物腰はあくまで柔らかく、さりながら鋭い泉田さんの速攻に、副市長は苦い顔で言い訳におおわらわ状態でした。 泉田さん、お見事でした。
Posted by: 宮城野萩子 | November 18, 2004 at 11:25 PM
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昨日菊池先生の「杜の都」再考を聞き、感動しました。
昭和48年「仙台市杜の都の環境をつくる条例」を全国にさきがけてつくり環境を守るために行政が積極的に取り組んできた事実があったことを知りました。
先生が格調高い条例の文章であると言っていましたが、その通りです。
私が気に入った部分を抜粋します。
緑は、人間にとって心のふるさとであり、生命の源である。
緑にみちた「明るく、住みよく、美しい」都市環境は、郷土を愛する市民すべての切なる願いであり、その未来への継承こそわれわれに課せられた大いなる責務である。
また、駐車場建設をしようとした市民がケヤキが邪魔なため市会議員をたててケヤキ撤去を要請してきたが、
当時の担当課長さんが、頑としてその要請を受けなかったこと。
そして当時の島野市長からも「なんとかならんのか」との質問にたいしても拒否をしたとのこと。
1本を切れば、次々と切られてしまう。自分の首をかけてもケヤキを守り抜こうとした、骨のある生き様に、ただただ感動し、ポロリ涙です。
今までの行政担当者が守り抜こうとしたケヤキが地下鉄東西線建設のため伐採されようとしています。多くの仙台市民が市の街路樹行政に賛美をおくり支えてきた結果、これほどまでの美しい景観となっているのです。
市民の声を無視してケヤキを伐採すれば、未来永劫藤井市長は「ケヤキ伐採市長」として語り継がれていくでしょう。
先人が守り抜いたケヤキを継承していくため、自分のできること「署名活動」を続けていこうと思います。とても刺激を受けた講演でした。
Posted by: 小野・K | November 14, 2004 at 01:40 PM
今日カリフォルニア州バイセリア在住の増山ご夫妻が「ケヤキ伐採反対」の署名200人分を持って来仙しました。カリフォルニア州宮城県人会やアメリカ在住の日本人に声をかけ集めたものです。今までの分を合わせるとかなりの数になります。
今年7月羅府新報(アメリカ全土で読まれている日英語新聞)に「仙台のケヤキ77本が伐採の危機に直面しているため伐採反対の署名活動が始まった記事が掲載されました。その中心となって活動しているご夫妻です。海外からも仙台のケヤキ伐採のニュースは「ありえない話」として伝わっています。海外のメディアが報じているのに河北新報はしっかり押し黙って情報の一部しか市民に伝えていません。1989年地下駐輪場建設でケヤキ9本撤去の計画に反対運動がおこった時、河北新報は「杜よ、かがやけ!」を連載しました。
今77本ものケヤキ伐採に対し最小限の情報しか市民に提供しないのは何とも理解し難い報道姿勢と思います。
Posted by: 小野・K | November 15, 2004 at 11:35 PM
百年の杜フォーラムⅠ会場は、ほぼ満席。
ということは、200人近い人がいたそこで、泉田さんは真っ先に質問の手を上げました。ふつうに、でも堂々と発言し涌井史郎氏に質問しました。
泉田さん「緑の効用についてきちんとした研究が始まったことは喜ばしい。青葉通りのケヤキ77本が切られようとしている。ヒートアイランドへの効用も評価されているのに、緑の景観・効用を失うのは悲しい。青葉通りは仙台の顔なのに、駅前のケヤキは仙石線地下化工事や駐輪場工事によって昔の姿はない。市議の献木がなくなる。大木を切ることを先生はどう考えるか。」
涌井氏「77本切り倒すというならとんでもないこと。わたしは、移植・植え替えすると聞いている。都市の緑と自然地の緑は違う。変形・サラバチ(すり鉢?)の現況あるのか? できるだけ自然樹形で移植が望ましい。人工の緑は更新性が大切。もしそれが技術的にされるならOK。検証を考えるべきだ。」
佐々木副市長「20年前の東2番町駐輪場地下化の時、加藤睦夫先生が言っておられたように自然林と人の手を加えたものは別物で、街路樹は手をかけないといけないし、1本1本のことを考えることはない。移動はするが都市の景観として一体性があればいい。どうしても必要なものを通すため。ケヤキは800年生きる一番強い木だが、地下水減、コンクリート、排気ガスなどで30年、50年、100年でもうアップアップしている。大きな賭け、リニューアル・再生するので、切りっぱなしではない。」
物腰はあくまで柔らかく、さりながら鋭い泉田さんの速攻に、副市長は苦い顔で言い訳におおわらわ状態でした。
泉田さん、お見事でした。
Posted by: 宮城野萩子 | November 18, 2004 at 11:25 PM